ノンフィクションライターをしております。 プロのもの書きでウィキペディアを利用されている方に質問があります。 規約を見ると「文責はウィキペディアンにある」とのことですが、各人がその専門家かどう かの判別もなく、自由に書き加えられるということは、本人の良心に依拠するとしか 考えられません。 こうした編集方針ですと、何を信じていいのやら分かりません。 もし、私が出版する本にウィキペディアを引用し、間違いがあったらどうなるのでしょ うか。 普通の百科事典なら、全幅の信頼が置けますが、信頼できるのでしょうか。 こうした疑念がわき出すと、いちいちウラを取らねばならず、百科事典としての用は なくなってしまいます。 プロのもの書きの方はどのように対処、利用されているのでしょうか。 ご教示願えれば幸いです。
Sampoです。 文筆業ではありませんが、コメントさせていただいてよろしいでしょうか。
規約を見ると「文責はウィキペディアンにある」とのことですが、各人がその専門家かどう かの判別もなく、自由に書き加えられるということは、本人の良心に依拠するとしか 考えられません。
編集者の良心によっているのは無論です。ただ、それだけではなく、 「これだけ多数の目に触れながらnヶ月間修正を受けていない」という 編集履歴も信頼性の傍証となるのではないかと考えています。
普通の百科事典なら、全幅の信頼が置けますが、信頼できるのでしょうか。
秋山さんは、一次情報ではない百科事典に全幅の信頼を置かれているのでしょうか? 裏付けを要する二次情報であるという点で、Wikipediaと同様だとは思いませんか?
秋山 真志さんのC0981A33.6423%m-aki@df7.so-net.ne.jpから
少なくとも市販の百科事典には固有名詞や年号の間違いはないと信じています。
まあこの点に異論のある方は多いと思うので、 僕からあえてこちらに意見するのは控えておきましょう。
ぼくはWikipediaをおもしろい試みだとは思いますが、どこの何者かが書いているのか わからない匿名性の怖さを感じています。 だれかが悪意で故意に間違った記述を加えたとしたら、誰がそれを統合管理していく のかという大なる疑問があります。
わざわざWikipediaにこのような疑問をお持ちになった背景を考えると、 やはり情報源としてのWikipediaが無視できない影響力になってきたから だと考えて差し支えないのでしょうね。
その影響力を形成しているのは、単に記事の量だけでは説明がつきません。 それなりの質の裏付けもあってこそと考えられます。 その質を保証しているのは誰かというと、先日のポストでも触れましたが 「多くの利用者の目」であると思われます。
記事編集の様子などをウォッチしていると気づかれるかもしれませんが、 故意に虚偽を書き込むと大抵すぐに「悪戯」としてリバートされています。
この集団監視体制とでもいうべきシステムが、それなりの質を 保つ仕組みになっていると考えて間違いないでしょう。