MLの皆さまへ、工藤雪枝より、
先日、私に海外の人物ページで工藤の主張を裏付けるページをあげよとのご指摘がどなたからかありました。基本的に米国、や英国では、家族のかなりきりこんだプライベート情報から、当該人物が仕事を変わったりしたときの、本人の動機、名前がつけられた由来、などなど、本人の人物像に深みとスパイスを与える多くの仕事以外の情報、人生の軌跡など実にこまかく掲載されています。
どの人物をみても、英米のWIKIPEDIAと日本のWIKIPEDIAとの大きな「温度差」を感じます。
具体的にあげろということでしたら、私もインタビューした米国のGEORGE SOROS(投機家、慈善事業家 、私がインタビューされた英国のJHON SIMPSONーBBC特派員などをご覧になってみてください。
私が投稿したものは確かに、自分でも大げさな表現があったり、趣味のところを長く書きすぎたりと問題があったことは充分理解しております。しかし、その私が投稿したヴァ―ジョンでも、英米のWIKIPEDIAにおいては全く問題ないなあと、両者をくらべて感じます。
なぜ日本のWIKIPEDIAはせこいところまで編集してくるのでしょう?
ー私の父の幹部自衛官と書くと、「幹部」ということがはずされてくる
ーこれはわたしのHPにも掲載してあります(メッセージのセクションとバックナンバーに)BBC特派員としての仕事、さらに2003年ペリー来航150周年を記念して、日本を代表して、日米協会からひとり選ばれ全米に日米関係(特に安全保障について)こ講演してまわったことや、同年フランスの国防省および外務省から招へいを受けて、士官学校を卒業した人々が入学するIHEDN(国立高等防衛研究所)での研究員の仕事などが割愛されているのでしょう?どちらも、私にとっても日米、日仏においても重要な仕事でした。
他にも私自身、HPを都合があって2004年から更新できていないのでHPから編集しても漏れがありますし、HPに書いてあることもまったく無視されている重要な仕事や事実が沢山あります。
確かに、私においての投稿は勢いにまかせて書きすぎてしまったところもありますが、しかしだからといって私の豊かな人生および職業生活が現状のような薄っぺらいものにされてしまうのは、はっきりいって名誉棄損の要素も含んだ陰湿ないじめとしか解釈のしようがありません。
そもそもWIKIPEDIAにおいては世界的百科事典的なるものとして統一した基準で、ページが編集されるべきですし、活躍している人々におかれてのその人の仕事面だけでない人物像が実に豊かに、表現されている英米のものとまったく異なる基準で運営されているのが日本のWIKIPEDIAだということは、英米の人物ページをご覧になれば一目瞭然です。
私は、MLの人々が、なぜ私の投稿に対して反論的なのか、どこに問題があるのかはよくわかっています。自分で筆が滑ったところもありますし。しかしそういう表現を削っても、HPの日本語版だけで60ページにもなる私の人生やキャリアが現状のように薄っぺらいものになっている背景に、明らかな、私に対する執拗ないじめともいえる、残酷さを行間に、そして何か掲載されていて、何がごっそりと削除されているかをチェックして想います。
さらに、私が何度も「職業詐称」を指摘しております、自称ジャーナリストの井上和彦は、かつての日商岩井エアロスペース、今は名前が代って双日エアロスペースのかつては営業職、いまは開発部の正社員であり、それが本業で退職していません。 本日、その会社の人事部総務課長に確かめ、事実であるとの電話での解答をいただきました(TEL、03−5574−6000)。
ジャーナリストなどと自称するのは学歴詐称同様の罪、職歴詐称、場合によっては防衛省との関係では詐欺罪にあたる可能性もあります。そのような人物を「ジャーナリスト」としてページに掲載していいんですか?とんでもない!彼はフルタイムの双日エアロスペースの社員なのですから、ジャーナリストと名乗る権利は一切ありません。なぜなら、ジャーナリストたるもの、中立公正な立場にあるのが絶対死守すべきスタンスですから、航空関係の会社員が軍事ジャーナリストと呼称する資格など一切ありません。
いったい日本のWIKIPEDIAはどうなっているのですか!今回、広くインターネットにおいて、いろいろなサイトにてのWIKIPEDIAの信頼性、評価を調べてみましたが、「2ちゃんねると同様信頼性がない」という指摘に多くぶつかりました。
MLの方々も管理者の方々も、井の中の蛙になることなく、ひろく世界をみ、さらに、職業という観点でぶっとぶほど、「詐称」である井上和彦をジャーナリストとして掲載するなど開いた口がふさがりません。せめて事実を書くのであれば、本業は会社員。その「かたわら」出版やテレビの出演をおこなっているというのが、マキシマムな表現でしょう。私自身、ジャーナリズムのあり方に徹底的にこだわり、そのために命をかけてきて仕事をしてきたようなものには、井上和彦の職業詐称は心の底から許せません!
工藤