モデレータのひとり、Bellcricketでございます。
Miyaさんもおっしゃったとおり、今回の制限を実施する前に、モデレータの間で意見交換をしておりました。 私はMiyaさんの思惑など知らぬうちから「制限をかけた方が良いのでは?」と思っておりましたし、 Carkuniさんからも賛同があった(少なくとも反対は無かった)と記憶しております。
倭明日香さんは当初から今回の件をMiyaさんの独断だとおっしゃておりますが、 今回制限の操作を行ったのがたまたまMiyaさんだったというだけであり、Miyaさんの独断ではないことを、ご理解頂ければ幸いです。
WikiJA-lが存在する意味については明文化されたものが(ブロックへの異議申し立て以外に)無いと記憶しておりますが、 私は「ウィキペディア日本語版に関する意見交換の場」だと認識しておりますし、皆様も同様かと思っております。 この言葉をどの程度厳密に考えるかは人それぞれかと思いますが、 私は少なくとも、この言葉を枷にすることはしておりません。 これまで私はウィキペディア日本語版に対する問題提起、提案など、意見が少しでも含まれていれば、 それは議論の余地があることとして、止めることはしませんでした。 WikiJA-lがブロック解除を申し立てる場であるということも、その一因です。 ウィキペディアのみならずこのMLでも会話を封じられるということは、事実上の追放につながりかねない、危険なことだと思うからです。 (一度だけ他の利用者に対して注意を発したことがありますが、 それは「ウィキペディアに参加するな」という、ウィキペディアそのものを否定する意見に対してであり、 ウィキペディアに対して何の益にもならないものであったように、当時の私は思いました) 今回制限をかけたことについては、「死ね」という、おそらくどの議論の場でも許容されないであろう言葉を平然と、繰り返し使われたからであり、 この全く無益な言動が繰り返されることで、MLの利便性(配信されたメールや書庫の可読性)を損なうと考えたからです。 私は事前に他のモデレータにこの考えを示し、そして制限を実施しました。
今回の制限については複数の方から賛同を得られ、ある程度妥当なものではなかったかという印象を持ちました。 一方で、反対のご意見も頂きました。特に権限を持つ者が今後恣意的な行動をとるのではないかという懸念は強く感じられました。 ただ、私は前述の通り、あまり言動について厳しく制限することはしたくありませんし、
権限を持つ管理者・モデレータが複数存在することで、独断による暴走はある程度防げるのではないかと思います。
とりとめのない話になりましたが、私なりにまとめてみました。 今後ともよろしくお願いいたします。
---- Bellcricket bellcricket at inter7.jp http://ja.wikipedia.org/wiki/User:Bellcricket