bplala さんこんにちわ。
全文においてするどいご指摘で同感です。
人の考え方はそれぞれ異なります。
それを円満にまとめるのがルール(方針)ではないでしょうか?
決議参加者たちは数に物を言わせてルールなどクソくらいと思っています。
暴論者の集団、これでは闘争になるのは必然です。
最近のwikipediaを見ていると、まるで宗教団体のような感じを受けます。
寄付で成り立ってる団体のようですし
「日本の法律よりwikipediaルール」
「通報する奴は袋叩きにしちまえ」
「みんなが殴ってるから理由はわからないが一緒に殴っちまえ、殺しちまえ」
これが成長していくときっとオウムのような集団になるのでしょうかね。
[[追認:ブロック投稿]]を見ていますが私は袋叩きにあっていますね(笑)。
しかし、人間って愚かです。
檻の中に入れられた虎を見下して、一生懸命に石ぶつけてるんですから。
とっくに檻を抜け出して背後から爪を研いでるとも知らずに・・・
bplala <neotesla(a)ballade.plala.or.jp> wrote:
この問題は2ちゃんねるの「本スレ」と呼ばれるところでずっと見ていたのですが、
なぜ食い違いが起きているのかわかりますか?
hapoonnさんの言っていることは、「なぜ管理者も他の利用者もWikipediaの公式方針
を読まないのか、方針に反していても
平然と決議するのか。」であって、これには一理あります。
一方、決議に参加した利用者/管理者の方は、理屈なく最初に結論ありきで「面倒。
ブロックしちまえ。」が本音ですから
話し合いが円満に収まるはずがありません。
「方針」が優先されるのか、コミュニティの「合意」が優先されるのかという基本的
な部分で、hapoonnさんは「方針」を優先し、
コミュニティでは「合意」を優先しているから全てが食い違ってきてしまうのです。
本来はどちらが優先されるのでしょうね?やっぱり、「合意」?
では、「方針」って何でしょう?? 単なる、「参考」。現実はそうなんですね。
「方針」とは、ときによって「参考」に成り下がり
ときによってブロック理由の「正当化」に使われ、その時々で「恣意的」に使われる
ための「道具」「名目」「建前」に過ぎません。
少なくとも、現在のWikipedia日本語版ではそう使われていることは間違いありませ
ん。
それでいいのかいけないのか、ということは宿題にしておいて、
今回のhapoonnさんの一件を追ってみましたが、端的に言ってhapoonnさんが妥協しな
いから皆が“ウザ”がった、で全て言い
尽くせます。本音が“ウザ”ですから処理が非理論的になるのは当然です。
決議に参加する方もあまり格好をつけずに本音をもっとざっくばらんに言えば意思も
通じるのでしょうが、それではWikipedia
の記録に残す議論としては都合が悪いというのもあるでしょう。表向きはしかたがな
いところもあるのですね。
で、解決法なんですが、hapoonnさんの発言を見たところ、完全に「確信」に満ちて
いる。ということは本音でそう思って発言
しているんだろうなということがわかります。こういう場合、hapoonnさんを正面か
ら「納得」させようとしたって無駄です。
それは「確信」に満ちているからです。([[確信犯]]、「故意犯」という言葉があり
ますから、まず先に参照して下さい。)
hapoonnさんが[[確信犯]]なのか、コミュニティの方が[[確信犯]]なのか?
こういう対立が起きるときは決まって[[確信犯]]同士の対立です。
どちらかが「故意」で場を乱している「故意犯」だったらまだ説得が可能ですけど、
[[確信犯]]同士の対立の場合は、双方が
それぞれ自分で「正しい」と思うことを通そうとしたら対立が解決するわけがありま
せん。行き着くところは宗教戦争、民族戦
争、殺し合いしかないですよね。
この場合、コミュニティの方も無理に他人の思想信条の中身にまで立ち入って変えよ
うとする必要はありません。無理に中身
を変えさせようとするから対立が深くなるのです。また、hapoonnさんとしても、自
分が考えている心の中まで変える必要は全
然ありません。「コミュニティのやつら、間違ってる」と思ったらそれでいいし、そ
の考えを変える必要もないのです。
ただ、「間違っている」とは思っても多勢に無勢、無理に軌道修正させようとせず、
ある程度話しても通じないと思ったら、
そのまま勝手にやらせておくしかない、という妥協がhapoonnさんにはできるでしょ
うか?それができないと愚衆に孤高しても
“ウザ”の中で感情的に排除されるだけです。
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